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Category: 物語

カテゴリー: 物語

菓子職人シリーズ、12話の挫折で、終わってしまい、お客様からその後どうなったの?とお言葉を頂きました。

この時期、就職活動で悩んでいる学生さんも多いのではないでしょうか?何かのヒントになればと、再開いたします。

挨拶は、社会人の第一歩とは、よく言われますよね。目を見て職場の全員に挨拶をするのは、毎朝の日課にするには、言うほど簡単なことではないですよね、「暇があったら早く仕事にかかりなさい」なんて上司から言われそうです。

そういう私自身も、職場長として勤務していた当時、できていたかというと、全く自信がありません。

この場合、来春就職される方には、なんの解答にもなりませんが、上司が目を見て部下に挨拶する場合、部下のコンディションをチェックするコミニケーションが、要求されるのだと思います。

フレッシュマンの場合、イメージとして、ムードメーカーになれるキャラの人は良いけど、自信のない方も多いですよね。

先日、ブランスリーという業界紙を見ていて、とても素晴らしいコメントがあったので、記憶を追いながら書いてみます。

大手の大先輩のお言葉です。組織に入るとき、自分という会社の社長として存在するイメージを、持つこととおっしゃっていました。

凄いことです。そうすれば、組織の歯車ではなく、取り巻きの皆さんは、クライアントということになりすよね。入社するときは、契約開始、退職するときは、解約ということになるのでしょうか?

こう考えてくると、朝の挨拶は、営業をしに来ているということになれば、少し気が楽になるかもしれませんね。

私の場合、一人で経営しているので、お客様がお見えになったら、いらっしゃいませ、お帰りの時は、ありがとうございました。とこうなります。

いくら、職人でも作業中でも、お客様をほったらかしで黙々と作業を継続することはできません。元をただせば、お客様のご注文にお応えするために、作業があるわけですから。

会社の中では、上司はお客様ですから、やはり、こうなります。独立を考えている人なら、お店の営業中のリハーサルであったり、シュミレーションという風に考えれば、納得できます。

いかがでしょうか?いつか何かのお役に立つことがあれば幸せです。

15日から21日までの、ゆっくりのんびり旅行。

大雑把に思い出してみて、15日は、調布まで電車で行ってここから、リムジンバス、1時間40分程、21;00成田空港~ゴールドコースト到着朝の6時頃、ホテルのクロークに荷物を預けて、砂浜散歩。14:00チェックインして、仕切り直し。ツアーは、ナチュラルブリッジで土蛍のツアー夕方出発して、暗くなってからミニライトを使って森の中を探検、自然にできた洞窟の中で土蛍の照明は圧巻です。

タンバリンマウンテン(小さな軽井沢、清里のように観光客を対象に食事、ワインの試飲、ドイツ職人の時計屋さん)自然公園巡りツアー(亜熱帯植物園、つり橋の間で30mほどの梯子を上って森を見たり。)ちなみに、このもう一つ上まで、6mくらいの梯子で上までは上がれませんでした、イメージとしてはつり橋が40mくらいの谷を見透かしながら渡り、そこからさらに梯子で上がっていく途中で、次に上がってくる人がいるので引き返せないことを、下を見たときに悟った自分が、ホントに情けない、膝がもうホテルに帰りたがってる。

どちらも、狭い山道を80k規制でマイクロバスで走って、ジェットコースター状態で、それぞれの目的地まで一時間以上走りますから、お手洗いは覚悟が必要です。

あの山道を、あのスピードでマイクロバスを自分のバイクで追走する自信はありませんでした。

気になったのは、KawasakiのZX12Rとか、この系のバイクが峠命で走っているのはわかるような気がしました。20R くらいのヘアピンにいっぱいタイヤの焼けた跡が残っていたり。

僕は良い子だから、絶対付き合うモンか。

旅程は、成田~ゴールドコースト7400㎞約8時間、時差は+1時間。レートは一ドル¥93、物価は高め、パンケーキ屋さんのアラカルト¥1,600~。食事も¥1.200くらい~。タバコは25本35ドル。。。。ビール9ドル。

なるべく、自炊ができる人は、自炊+お弁当で、アクティビリティーに使って満喫する方が賢明では?

最後に、ビーサン、サングラス、日焼け止めは必須。観光地では、お店でお値段が全く違うので、使い慣れたものをご持参いただいてゴーです。

思うだけ、支離滅裂な文章にお付き合いいただきありがとうございました。

お話をお聞きになりたい方は、カウンターでのご質問、受け付けておりますので、お気軽に、お申し付けください。

 

挫折と失敗?昔読んだ本の中の記憶に、「失敗は本人の心の中にある」と、思い出します。

職場では、モノを運んではひっくり返す、壊す、腰を痛める、毎日一袋25㎏の粉と30㎏のグラニュー糖を身の丈ふた山分運び続けていれば、そうゆうこともあるでしょうが、それでもへこたれないでやって、更に仕込みのミス。

度重なる、間違いの連続。それでも、本人がそれと思っていなければ、挫折はしないのだけれど、致命的なのは、他人に自分の思いや気持ち、イメージを伝えることが苦手。

それで何で、粉と卵を自在に操れるだろう?ただ、やみくもにやっていればできると信じていたから。

当時を振り返ると、師匠は、物は何年もやっていれば作れるようになる、他人を気遣うことは、意識しないとできない・・・・と。

何の事言っていやがる、いくらやってもできないじゃないか?なんでもいいから作れるようになりたい。

こんな料簡が、少しづつ変わってきたのは、相当な年が経ってから、もしかして、未だに分かってないな、といわれているかもしれない。

毎日が、そこにたどり着く旅なのかもしれない。

毎日がそこに少しづつ近づけるように努力しなきゃ・・・ですね。

先輩から教えられた言葉に、「一流になれば、他人はあなたを真似する」

なんて、甘美な言葉だろう。そのくらい頑張れってことですね。

一スタッフとして、会社に勤めていたときは、どの人のまねがしたいと考えたことはほとんどなく、唯、回数をやりたい一心で、めちゃくちゃやってたが、本音です。(無駄の多い、要領の悪い男ですね)

そもそも、真似っていうのは例えばプロ同士の仕事でも、コピーするってことは、コピーする側の観察力と想像力の結果ってことですよね。コピーする側の力が卓越していたら、もとより良くなるだろうし、コピーする側の思い込みって言い方もあるかもしれない。

僕の場合、誰かの仕事をコピーしようと思うと、外見上、美しいと感じて、その中に何があったら、どういう中身だったら、自分の好みにあるかと云う、主観が優先するように思います。

それを突き詰めて、こうあってほしいというものが出来上がってくくる。そして、お客様から良い評価を頂けたら、とてつもなく嬉しい、他人に喜びを伝える技術を極めることが第一義なのだからそれで良い。

経営していく中で、経営者と職人が同居しているジレンマも勿論存在する。費用対効果だけではかたずけられない部分が、めんどくさくもあり、楽しいところです。

ものは考えよう、自分を触発する手段のお話し。

駆け出し当時の自分を振り返ってみると、赤っ恥だらけで、どこからあの自信が湧いてきたのだろうと不思議に思うことが、しばしばあります。他のお仕事のことは、体験したことがないので分かりませんが、新人のうちは、同期入社生がライバルになることが多いですね。

私の場合、家族や知人が全くいないスタートだったので、学生時代をリセットしたいところもあり、上京したのですが、これは、今思い出すとある意味よかったと思います。

私のように意思が薄弱で、ややもすると無精で逃げ出したがり屋の性格は、少しでも逃げ道があれば、逃げて隠れて、生きていければそのほうが、今日の景色が明日も見れると良いなと思ってしまう。

これが何が何でもやらなきゃいけないってなると、不思議とやれるもんですね。

そんなこんなで、他人より負い目?があり、負けてたまるかってことになったので、この職場の若手の中で一番先に親方になるんだって思い始めて、がむしゃらって言ったら体裁は良いけど、他人の邪魔もしたし、周囲のことなんか考えず、やってきたように思います。(全く迷惑な話です・・・。とほほ)

そんなわけで、これが私の発条になったことは事実です。

もっと、思いやりが持てる余裕があればよかったと、これが一番感じますが、なりふり構わずやってきたことのよかったことは、とりあえず、こなせるようになった、

悪かったことは、当時の仲間を傷つけてきた事と、仕事のタッチが、いまだにスマートじゃない、野暮ったい、どこか力みが抜けない気がします。

反省課題が多い中、毎日お客様に向き合って、喜んでいただくことが罪滅ぼしかな・・・・です。

これから、菓子職人を目指す人のアドバイスにはなりませんが、こんな先輩でも、続けていると、イメージしたものは表現できるようになる事は事実です。

国道15号線、鶴見の六角橋上り線で、右折してきたコンテナートラックに激突して、新車のGSX400シルバー納車から2週間で大破。

長崎の自動車学校で三段階から、蒲田の自動車学校に転校して、自動車免許を取得して勢いで、中型二輪を取って、上野のバイク屋から意気揚々と帰ってきて、楽しみにしていたバイクが、ほんの何回目かのお出かけで、フロントフォークが曲がり、タイヤはなくなり、フレームが曲がって、廃車、地面に落ちた部品を拾い集めてポケットに入れたのを覚えています。

幸いコンテナートラックが、コンテナーを積んでいなかったので、衝突した後、その上を飛び越えて地面に受け身して助かったらしい。

救急車で運ばれて、誰かから、大丈夫ですか?と尋ねられて、大丈夫ですと何度も答えた覚えがある。

できれば、現実を少しでも小さくしたい、仕事に支障を来したて、本心会社を首になるのが怖かった。

行く場所がなくなるのが怖かった。

結局、次の日会社に行ったら、みんなからお化けを見るような目で見られていた。

身内がそばにいないから、警察はおそらく会社に連絡したのだろう。

不思議と怪我はなく、それでも80㎞(申告は55㎞くらい言ったと思う。)からの急制動で、あちこち痛かったのは、事実で、なにしろ、生きてゆくのが精いっぱいで、世間知らず、知り合いに弁護士の先生がいるわけないし。

この話は、青春の門なんてカッコいいものじゃない、この行動はすべてについてがこの調子で、力任せ。子供が学校でいじめられて帰って親に黙って部屋に入っていったのと何ら変わるところがない。

若い世代の人たちは、今、デジタル情報時代で冷静でかしこい人ばかりだと思いますが、できれば、直属の上司(当時は神様より偉い人、閻魔様より怖い人だと勝手に思い込んでいた、職人のオヤジですから)に相談して指示を仰ぐほうがよろしいのではないでしょうか?